タイ王国Khon Kaen Regional Hospital研修報告(手稲渓仁会病院 外科 常俊雄介先生)
2026.03.09
教室が行っております『北海道の「避けられた外傷死」を撲滅する-外傷外科医育成プロジェクト- 』の一環として、2026年1月17日から1月31日の15日間、手稲渓仁会病院 外科 常俊雄介先生がタイ王国のKhon Kaen Regional Hospital(以下KKH)にて研修されました。
常俊先生から届きました報告書です。
タイ・Khon Kaen Regional Hospital 研修報告
手稲渓仁会病院 外科 常俊雄介
私は、手稲渓仁会病院外科に勤務しております常俊雄介と申します。今回『北海道の「避けられた外傷死」を撲滅する-外傷外科医育成プロジェクト- 』の一環として、2026年1月17日から1月31日の15日間、タイ王国のKhon Kaen Regional Hospital(以下KKH)にて研修させていただく機会をいただきました。研修の報告をさせていただくと共に、次回以降の若手外科医の先生たちへの参考となりましたら幸いです。
1.タイ・Khon Kaenについて
タイは日本からのフライトで約6−8時間、人口約7000万人、国土面積は日本の約1.4倍です。南北に長い国家ですが、大きく4つの地域に分かれ、その東北部の中心となる県がKhon Kaen provinceです(図1)。県全体で人口約190万人で県庁所在地のMueang Khon Kaenが人口約40万人です。市内に大病院が2ヶ所あり県内外から患者が集中します。

2.Khon Kaen Regional Hospital (KKH)について
KKHはコンケン大学病院と並ぶ2大病院の一つで、公立病院であることから貧富問わず患者が集中します。病床数1200床、医師数580人、循環器センター、移植センター、周産期センターなどと共に「外傷センター」を有しています。「外傷センター」はJICA並びにWHOの協力のもとに2003年に設立されました。センター内に臨床部門だけではなく、外傷予防教育、プレホス・救急システム、外傷統計,WHO協力部門の各部署を設けています。特に病院が県内の救急システムと連動し病院内に救急司令部と救急車を配備し効率的な症例の集約化と分配に寄与しています(日本との大きな違い)。外傷センターには年間約8000件の外傷搬送がありうち重症外傷(ISS>15)は約1400件と豊富な症例を有しています(米国レベル1trauma centerの要件が年間250件以上)。日本と同じくバイク事故などの鈍的外傷が大半ですが時折銃創も搬送されるとのことでした。

3.外傷外科チーム
KKHの外科は大所帯で医師56名が所属していますが、外傷外科チームは外科の一部門として独立しており、重症多発外傷の手術・全身管理を行います。初療は救急部門が担い両者は密接して患者の治療を一貫して行います。スタッフ5名、フェロー1名でそれに外科・救急科・口腔外科のレジデントがローテションで回ってきてチームを形成しています。タイの外科医は1−3年のインターンの後4年間のResidency programを経て外科専門医を取得しますが4年間のうち6-7ヶ月外傷外科をローテートします。外傷外科チームで年間約700件の手術を行いますが、気管切開やPICC留置、ERCPなども手術室で自前で行っており体幹部外傷手術は約150−200件とのことです(それでも日本に比べて十分多い数字です)。

4.今回の研修内容
今回2週間の滞在のうち、KKHでの見学のほか、2日間BangkokのSiriraj hospitalでのCadaver Trauma Skills workshopに特別参加させてもらうことができました。KKHでは①ICUやTrauma wardの回診参加、②定期・臨時手術への参加、③各カンファレンスへの参加、④病院各部署見学(ER, 救急司令部)などがありました。
外傷外科は多発外傷患者の管理を行っており、日本に比べて頭部外傷を合併する割合が非常に多く、気管切開を要する患者を多数抱えていました。何より外傷の要因のトップがバイク事故でありヘルメット未装着+飲酒による頭部外傷・四肢血管外傷・胸部外傷の患者が多く社会問題化しているとのことでした。患者管理を外科レジデントが担い、スタッフが指導するという米国式のトレーニングが行われておりました。
今回の滞在で定期・臨時手術含め全15例の手術に参加しました。腹腔内出血に対する緊急開腹・止血術の他,外傷性横隔膜損傷の腹腔鏡下修復術、VATS膿胸・肺損傷修復術、脾臓摘出術、下腿コンパートメント症候群に対するfasciotomyなど外傷外科医としても心躍る症例を経験できました。私も経験のない銃創症例は来なかったのが残念でしたが...。KKHは、日本とは違いCT撮像やIVRの敷居が高く、それにより日本ではTAEで治療するような脾臓損傷なども緊急手術の適応となっていました。定期手術はレジデントにも執刀が当たりますが、重症例はDr.Waritが執刀する機会が多く、私と術中に「日本ならどうしてる?」とか「ラパロの縫合のやり方どうする?」などdiscussionしながら手術できたのは良い思い出でした。


カンファレンスは、外科との合同カンファレンス、外傷外科チーム内でのカンファレンス、他病院とのウェブ外傷ケースカンファレンスなどに参加しました。タイ語はもちろん全くわからないのですが、スライドがほとんど英語であったり隣に座ったDr.が時折通訳してくれたりと参加することができました。カンファ中いきなり「日本ではどうしている?」とか「Yusuke, How do you treat about this case ?」と質問が飛んできて眠くなる間も無く刺激的でした。Mortality and Morbidityカンファレンスでは、「頭部外傷患者のCT撮像中の急変事例」に対する他職種カンファレンスで、医師の他ナースや放射線技師なども参加して、問題点との整理と今後の改善点を話し合っており、私にも経験ある事例で興味深かったです。また、最終日には急遽Guest speaker's lectureとしてみんなの前でプレゼンテーションを行うこととなり、私の病院のこと、日本での外傷診療の現状など拙い英語でこなしましたがなんとか伝わったかな、と思っております。

Dr.Waritに誘ってもらい、彼の外傷外科のトレーニング先であるSiriraj hospital of Mahidol Universityの外傷外科が主催するCadaver trainingにも参加させてもらいました。同病院は3000床を有し、病院内に医学部があり、また外科レジデントが各学年14人ずついるという超巨大組織でした。その卒業間近の4年生レジデントにCadaverを用いた外傷手術手技のトレーニングを行うというcloseな会でした。私は、北海道大学でのCadaver外傷トレーニング(C-BEST)にインストラクターとして参加させてもらっているのですが、内容的には北大のコースとほぼ同じでしたが、特にタイではバイク事故に伴う四肢血管外傷が多いとのことでそちらに重きを置いているとのことでした。タイの外科レジデントはみな非常にアグレッシブでした。また、コースのインストラクター達は皆、同院のFellowshipの卒業生で、彼ら外傷外科医とのディスカッションも私にとっては貴重で刺激的な経験でした。

5.研修を終えて
現在日本の外傷外科医を志す若手にどのような研修機会を提供できるか。というのは問題となってきております。というのは、近年急速に低侵襲手術が進歩し、消化器外科領域においても腹腔鏡やロボット支援下手術が全盛となっており、迅速な開胸・開腹が必要な外傷手術を学ぶ機会が失われているのです。私は幸いその過渡期に外科に入ったため、国内で開胸開腹・腹腔鏡両方の経験を積むことができた外傷外科医ではありますが、今の若手はその研修先を海外に求めていくものもいます。しかし欧米はその敷居が高く、南米や南アフリカは非常に身の危険を伴うものでもあり、アジアにその研修先を求めつつあります。今回タイで感じたことは、日本の外傷外科の黎明期である1970年代の「交通戦争」時代ってこういうことだったのか。ということです。医療設備も整わぬ中、次から次と運ばれる交通外傷の重症患者に立ち向かった我々の大先輩のレジェンド外傷外科医達の姿をタイの外傷外科医達に重ねていました。鈍的外傷が多い日本との共通点も多く、有意義な研修となるのではと感じました。
タイという国はまた非常に親日で人々は行く先々で皆親切でした。医師・看護師とも日本への訪日経験のある人が多く(日本→タイよりかなり多いと思われる)、また国内は急速に近代化が進行しており、特に電子化という点ではむしろ日本より進んでいるのでは?とも感じさせられました。医師だけではなく看護師も英語を話せることができ、患者以外とのコミュニケーションで苦労することはそこまでありませんでした(私の英語力の問題で100%相手の言うことを理解できたというわけではありませんでしたが...)。
今回の派遣が、今後の北海道全体とKhon Kaen Hospitalとのよいpartnership構築の端緒となることができたのであれば幸いです。そのため、これから続く若手の先生にもぜひ積極的に参加していただき、貴重な経験を積んでいただければと思います。
